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多和田真三郎の現在は?西武時代の成績・妻や子供、六花亭での復活挑戦を徹底解説

桜木 和花 桜木 和花 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
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2018年にパ・リーグ最多勝のタイトルを獲得し、埼玉西武ライオンズの先発投手として活躍した多和田真三郎。2015年のドラフト1位でプロ入りした右腕は、順調なキャリアを歩んでいるように見えましたが、2019年に自律神経失調症を公表し、野球人生の大きな転換点を迎えました。

2026年現在、多和田は北海道の製菓会社・六花亭に所属する軟式野球チームでプレーを続けています。2023年には12球団合同トライアウトにも参加し、NPB復帰への意欲を示しました。妻の渚さんや子供の存在、病気によって野球から離れた時期、そして現在のマウンドで見せる投球を振り返ると、元プロ野球選手という肩書だけでは捉えきれない挑戦が見えてきます。

【多和田真三郎の現在】2026年も六花亭でプレー、NPB復帰は実現した?

多和田真三郎

2026年10月現在、多和田真三郎は北海道の軟式野球チーム「六花亭」でプレーしています。プロ野球の公式戦からは離れていますが、競技そのものを諦めたわけではありません。社会人軟式野球の舞台で実戦登板を重ね、投手としての活動を続けています。

六花亭は、北海道の製菓会社として知られる六花亭に関係する軟式野球チームです。多和田は富士大学時代の恩師である青木久典氏が監督を務めていた縁もあり、このチームで再出発しました。2023年11月のFull-Countの報道では、六花亭に入社した後、仕事と野球を両立しながら精神面の立て直しを図ってきた経緯が紹介されています。

現在の活動を具体的に示す記録もあります。野球の試合情報を掲載するOmyuTechの選手データによると、多和田は2026年の第80回国民スポーツ大会・軟式野球競技に六花亭の選手として出場しました。同大会では4試合に登板し、19回1/3を投げて19奪三振、防御率0.47を記録しています。

これは、現在も実戦のマウンドに立ち、投手として結果を残していることを示す数字です。ただし、軟式野球とNPBではボールや打者のレベル、試合環境などが異なるため、この成績だけでプロ復帰後の活躍まで予測することはできません。

では、NPB復帰は実現したのでしょうか。2026年10月23日時点で、多和田がNPB球団と契約したという発表は確認されていません。現在の所属先は六花亭であり、プロ野球への復帰と、社会人軟式野球で現役を続けることは区別して考える必要があります。

それでも、病気によって実戦から遠ざかった投手が、再び大会のマウンドで複数の打者と対戦している事実には意味があります。多和田の現在を知るうえでは、NPBへの復帰が決まったかどうかだけでなく、競技を継続できる状態を取り戻していることにも注目したいところです。

【西武時代の実績】ドラフト1位から2018年の最多勝まで

多和田真三郎は1993年4月13日生まれ、沖縄県中頭郡中城村出身の右投右打の投手です。中部商業高校から富士大学へ進み、大学野球で実績を積みました。身長182センチ、体重82キロの体格を生かし、力強い直球と独特の投球フォームを武器に評価を高めました。

2015年10月22日のプロ野球ドラフト会議では、埼玉西武ライオンズから1位指名を受けました。西武の公式発表では、浮き上がるような直球が武器で、先発ローテーション候補として期待されていたことが紹介されています。

2016年にプロデビューすると、1年目から18試合に登板して7勝5敗を記録。翌2017年は5勝にとどまりましたが、2018年に大きく飛躍します。26試合に登板し、16勝5敗、防御率3.81、172回2/3を投げる活躍で、パ・リーグ最多勝のタイトルを獲得しました。

2018年は先発投手として長いイニングを投げ、シーズンを通してチームを支えた年でもあります。最多勝に加え、最優秀バッテリー賞や月間MVPなどの表彰も受け、西武のリーグ優勝を支える存在になりました。

ところが、翌2019年は開幕投手を務めたものの、12試合で1勝6敗、防御率5.83と苦戦します。8月に登録を抹消され、9月には頻脈性不整脈が公表されました。同年12月、球団は本人の同意を得て、自律神経失調症であることを明らかにしています。

プロ入りからわずか数年で最多勝を獲得した投手が、病気によって競技を続けること自体に苦しむようになったのです。この落差が、多和田のキャリアを振り返るうえで大きな転換点になっています。

【年度別成績・年俸推移】最多勝投手はどのようなキャリアを歩んだのか

多和田のNPB時代を数字で振り返ると、2018年の飛躍と、その後の急激な変化がはっきりと見えてきます。以下は日本野球機構(NPB)の個人年度別成績と、報道・野球データサイトに掲載された推定年俸などをもとに整理したものです。

年度・時期 所属・出来事 主な成績・状況 推定年俸
2015年 西武からドラフト1位指名 富士大学からプロ入り 契約金1億円と報道
2016年 西武 18試合、7勝5敗、防御率4.38 1,500万円
2017年 西武 16試合、5勝5敗、防御率3.44 2,300万円
2018年 西武 26試合、16勝5敗、防御率3.81。パ・リーグ最多勝 2,600万円
2019年 西武 12試合、1勝6敗、防御率5.83。開幕投手を務めた後、病気を公表 8,000万円
2020年 西武 二軍で5試合に登板し、1勝2敗、防御率3.65 年俸の推定値は資料により扱いが異なる
2021年 西武・育成契約 一軍復帰を目指したが、同年10月に来季契約を結ばないと発表 1,000万円とする推定資料あり
2022~2023年 六花亭 軟式野球でプレー。2023年には12球団合同トライアウトに参加 NPBの年俸データなし
2026年 六花亭 国民スポーツ大会で4試合、19回1/3、19奪三振、防御率0.47 NPBの年俸データなし

NPB通算成績は72試合、29勝21敗、防御率4.17、434回1/3、304奪三振です。2016年から2019年までの4シーズンに、一軍で29勝を挙げました。特に2018年の16勝は、プロ野球選手としての実力を証明した数字です。

年俸も、この時期の評価を映しています。推定年俸は2016年の1,500万円から2017年に2,300万円、2018年に2,600万円、2019年には8,000万円へと上昇しました。2019年の金額は、最多勝を獲得した前年の実績が評価されたものです。2019年シーズンの成績が悪化したからといって、同年の年俸がその成績だけを反映しているわけではありません。

その後は病気による長期離脱と育成契約への移行があり、NPBの年俸データからも姿を消していきます。なお、年俸は契約更改時の報道や推定値を基にしたもので、球団がすべての年度について公表した確定額と同一ではありません。

この推移から読み取れるのは、プロでの実績が一時的に失われたということではなく、トップレベルの成績を残した投手が、健康上の問題によって従来の競技環境を維持できなくなったということです。数字を比較するときには、成績の低下と、競技に参加すること自体が難しかった時期を分けて見る必要があります。

【自律神経失調症の理由】病気によって野球から離れた時期に何があったのか

多和田の病気が公表されたのは2019年12月23日です。西武は、9月に公表していた頻脈性不整脈について、その原因が自律神経失調症であることを明らかにしました。本人の同意を得たうえでの発表であり、球団は回復を待ちながら契約を保留する方針を示しました。

当時の報道によると、多和田は治療に専念し、十分に練習へ参加できる状態ではありませんでした。2020年7月には支配下選手契約を結び直し、二軍の公式戦にも復帰しましたが、2021年は育成選手としてプレーしたものの、実戦登板に至らず、10月5日に翌シーズンの契約を結ばないことが球団から発表されました。

では、自律神経失調症になった理由は何だったのでしょうか。2023年11月のFull-Countの取材記事では、多和田自身が、投球内容が悪かった際にメディアで批判されたり、事実と異なることを書かれたりするうちに、外部の人と関わりたくないと思うようになったと振り返っています。

この証言は、本人が当時どのような心理的負担を抱えていたかを知る手掛かりになります。ただし、病気の発症を一つの出来事や周囲の批判だけで説明することはできません。自律神経失調症は多様な症状や背景が関係する状態であり、本人の経験についての証言と、医学的な発症原因の断定は分けて考える必要があります。

注目したいのは、プロ野球選手として結果を残す能力があっても、心身の状態によっては練習や試合に参加することそのものが困難になるという点です。2018年に最多勝を獲得した実績があっても、それだけで翌年以降も同じようにプレーできるとは限りません。

2020年には二軍で公式戦に復帰したものの、2021年には実戦登板ができず、球団を離れることになりました。多和田の復帰が長期化した背景には、投球技術の問題だけでなく、心身の状態を整え、競技を継続できる環境を再構築する必要があったことがうかがえます。

この経緯を「病気から完全復活した」と単純に表現するのは早計です。2026年には大会で好成績を残していますが、それは現在の競技活動を示す記録であって、医学的な回復状況を証明するものではありません。野球選手としての復帰と、健康状態についての評価は、別の観点から捉える必要があります。

【妻・渚さんと子供】家族の支えはどのように報じられたのか

多和田は2017年10月に一般女性と結婚し、同年12月2日に結婚を発表しました。日刊スポーツなどの報道によると、妻は北海道出身で、多和田より1歳年上の女性です。2023年のFull-Countの記事では、妻の名前が渚さんと紹介されています。

2018年8月28日には第一子となる長男が誕生しました。球団の発表を受けて日刊スポーツが報じたところによると、長男は都内の病院で生まれ、母子ともに健康でした。多和田は当時、家族や子供のためにより一層頑張りたいという趣旨のコメントを出しています。

家族の存在は、病気からの復帰を目指す時期にも大きな意味を持ちました。2023年のFull-Countの取材では、渚さんが当時の生活を振り返り、睡眠や食事、日光を浴びることなど、日々の生活を整える取り組みを夫婦で続けてきたことが紹介されています。

渚さんは、夫を一方的に支えるというよりも、一緒に生活を整え、楽しみながら目標を立てていく姿勢を大切にしていたと語っています。報道で紹介された「一緒に楽しく生活を正していこう」という言葉には、特別なことを一度に成し遂げるのではなく、日々の積み重ねを重視する姿勢が表れています。

多和田が六花亭で働き始めたことも、生活を立て直す転機になりました。仕事を持ち、チームの中で役割を担い、日々の生活にリズムをつくることが、競技への再挑戦を支える土台になったと報じられています。

2023年のトライアウトでは、子供にもう一度かっこいい姿を見せたいという思いも語られました。家族に支えられてきた経験が、再びマウンドに立つ動機の一つになっていたことが伝わってきます。

一方、家族に関する情報は、結婚発表や長男の誕生、本人や妻の取材コメントなど、公に報じられた範囲に限られます。家族の日常や現在の私生活について、報道されていない内容まで推測する必要はありません。多和田の復帰を考えるうえでは、家族の存在を美談として消費するより、生活を立て直すための具体的な支えとして理解することが大切です。

【六花亭での再挑戦】NPB復帰を目指したトライアウトと現在の実力

西武から戦力外通告を受けた後、多和田は野球を続ける道を模索しました。2022年からは六花亭の軟式野球チームでプレーし、2023年11月15日には12球団合同トライアウトに参加しています。NPB復帰を目指す選手として、再びプロ球団に自分の投球を見てもらう機会を求めたのです。

当日の投球について、Full-Countや日刊スポーツなどの報道では、最速143キロを計測し、三振も奪ったことが伝えられました。かつて西武の背番号18を背負い、最多勝を獲得した右腕が、病気と長期離脱を経て、再びプロの関係者に向けて投球を披露した場面でした。

ただし、トライアウトで好投することと、NPB球団との契約が成立することは別です。球団側は球速や変化球の質だけでなく、継続的に登板できる状態か、シーズンを通して戦力になれるか、チーム編成上の需要があるかなど、複数の条件を考慮します。

2026年の国民スポーツ大会で記録した防御率0.47、19回1/3で19奪三振という数字は、現在の多和田が軟式野球の舞台で高い投球能力を示していることを裏付けています。4試合に登板して自責点1に抑えた実績は、現在の活動を評価するうえで重要な材料です。

一方、軟式野球の好成績を、そのままNPBの一軍で通用することの証明と捉えるのは適切ではありません。NPB復帰には、硬式球を使用する環境への対応、打者との対戦水準、球速や球質、故障のリスク、登板を継続できる体調など、別の観点からの評価も必要になります。

また、2023年のトライアウトから2026年まで、NPB球団との契約発表には至っていません。現在の多和田を評価する際には、プロ復帰が決まったかどうかだけを基準にするのではなく、実戦に復帰し、社会人軟式野球の大会で継続して投げていることにも目を向けるべきでしょう。

六花亭での活動は、プロ野球への復帰を保証するものではありません。しかし、仕事と競技を両立できる環境で実戦経験を積み、結果を残すことは、野球選手としての可能性を探るうえで意味のある取り組みです。

【プロの結論】多和田真三郎の復活を評価するなら、肩書より継続性を見る

多和田真三郎のキャリアには、プロ野球選手の評価を考えるうえで見落とせない要素があります。それは、過去の実績、現在の競技能力、健康状態、そして将来の契約可能性を、同じ尺度で判断しないことです。

2018年の最多勝は、NPBの公式記録に残る確かな実績です。通算29勝という数字も、プロの一軍で結果を残したことを示しています。一方で、2019年以降の長期離脱は、成績だけを追っていては理解できません。心身の状態を整え、競技に参加できる環境を取り戻すことが、再出発の前提になりました。

2026年の国民スポーツ大会での好成績は、現在も実戦で投げられることを示す具体的な材料です。しかし、NPB復帰の可能性を評価するなら、球速や奪三振数に加え、登板の継続性、投球内容の安定性、硬式野球への適応、球団側の需要などを総合的に見る必要があります。

また、病気からの回復を、必ずプロ野球に戻ることだけで測るべきではありません。多和田は六花亭で仕事をしながら野球を続け、2023年にはトライアウトに挑戦し、2026年には大会で結果を残しています。これは、かつての環境に戻ることだけを目標にするのではなく、自分が競技を続けられる場所を築いてきた経緯でもあります。

今後の動向を判断する際は、NPB球団との契約発表、本人や所属チームからの公式発信、信頼できる報道による登板記録など、具体的な情報を基準にすることが大切です。過去の最多勝という実績だけで復帰を断定することも、現在NPBに所属していないという理由だけで競技者としての価値を否定することも、実態を正しく捉えた評価とはいえません。

【多和田真三郎】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:多和田真三郎は2026年現在、何をしていますか?
A1:北海道の製菓会社・六花亭に関係する軟式野球チームでプレーしています。2026年の第80回国民スポーツ大会では4試合に登板し、19回1/3、19奪三振、防御率0.47を記録しました。

Q2:多和田真三郎はNPBに復帰しましたか?
A2:2026年10月23日時点で、NPB球団との契約発表は確認されていません。2023年には12球団合同トライアウトに参加しており、現在は六花亭で軟式野球を続けています。

Q3:多和田真三郎の妻・渚さんと子供について教えてください。
A3:2017年10月に一般女性と結婚し、同年12月2日に結婚を発表しました。2023年の報道では妻の名前が渚さんと紹介されています。2018年8月28日には第一子となる長男が誕生しました。

Q4:多和田真三郎が自律神経失調症を公表したのはいつですか?
A4:2019年12月23日です。西武は、同年9月に公表していた頻脈性不整脈について、自律神経失調症が原因であると発表しました。その後は治療と復帰を目指しましたが、2021年10月に翌シーズンの契約を結ばないことが球団から発表されました。

Q5:多和田真三郎のプロ野球時代の最高成績は何ですか?
A5:2018年に26試合で16勝5敗、防御率3.81を記録し、パ・リーグ最多勝のタイトルを獲得したことです。NPB通算では72試合に登板し、29勝21敗、防御率4.17を記録しています。

多和田真三郎は、2018年に最多勝を獲得した西武の元エース候補です。2019年に自律神経失調症を公表し、プロ野球の第一線から離れましたが、家族の支えを受けながら生活を立て直し、六花亭で軟式野球を続けてきました。

2023年にはNPB復帰を目指してトライアウトに参加し、2026年には国民スポーツ大会で防御率0.47、19奪三振という成績を残しています。現時点でNPB復帰は実現していませんが、現在も実戦のマウンドに立っていることは確かです。

今後の焦点は、NPB球団との契約が実現するかどうか、そして継続的に競技を続けられるかどうかです。過去の最多勝という実績と、現在の軟式野球での成績を分けて捉えながら、多和田がどのような道を歩むのかを見守りたいところです。

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桜木 和花
トレンドリサーチャー 桜木 和花
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